前頭葉
脳みそは嫌が応にも衰える。
その脳みその中でも前頭葉は人間の言語・運動・感情を司るめちゃくちゃ重要な部分らしい
ここの昨日のピークは20代で訪れ、その後はどんどんと衰えていき感情のコントロールが難しく自発性が無くなるそうだ
いわゆる頑固になる。
あぁ〜頑固ジジイになりたくねぇ〜
頑固ジジイにならないために
この前頭葉、何もしなければもちろん萎縮していく
ではどうすればいいか
東京大学医学部附属病院精神神経科の精神科医和田秀樹氏によると、前頭葉はインプットよりも自分の考えをまとめてアウトプットする時に鍛えられるのだという。
アウトプットするっていうと、今ではSNSで自分の意見を述べたり、少し古風かもしれないが日記をつけたりだろうか。
筆者の場合はこのブログがあった、しかも最近全然更新してなくてPV数も収益も爆下がり中の
じゃあアウトプットついでに更新するしかねーべ
幼少期の記憶
何を書こうか、まぁ最近思い出した記憶に関することにしよう。
筆者が小学生の頃、夏休みの宿題が出た。計算ドリル、自由研究、夏休みの友(そういう教材)…思い出しただけでも若干憂鬱になるラインナップであるが
その中でもこの夏一際憂鬱だったのが、水彩画の宿題だった。
ただでさえ怠いのにテーマが無いのである、自由研究もそうだがあまり子供に委ねないで欲しい。小学生にはまだ自由は早い。
この年はテーマがあまりにも定まらなかった、友達と遊んだりサッカーするのにかまけていたら夏休みもいつの間にか後半戦にさしかかっていた
夏休みも後半戦となれば、親も子供の宿題のチェックをしてくる。
「宿題は終わったの?」
当然まだ絵を描いていないことがバレる、すぐに書きなさいと言われるが何せ自由なのだ、テーマが絞れない
「なんでもいいじゃない」
何でもいいならもう決めてくれよ!そう言いかけるも火に油を注ぐことは明白なのでグッと堪える
「馬、描けば?」
なんで馬だったか覚えていないが、なぜか親が提案して来たのは馬だった。しょうがねぇ馬を描くか…イヤイヤ絵を描き出したのだった
子供っぽさは大人が決めている
思えば初めて産みの苦しみを味わったのは、この夏休みの宿題だったのかもしれない
それだけ水彩画は難航した
普段漫画が好きで絵はよく描いていたが、馬なんて描いたことない。何だったら犬の方が好きだ
馬の体の構造なんてめっきり分からないし、何せやる気もなかった
「やる気ないの!?」
あまりの筆の進まなさに、親に叱られてしまった。やる気ねーよ!!という言葉が喉から出かかったが、倍叱られるのは目に見えているので言葉を飲み込んだ
その代わり目からは涙が溢れて来た、何だって描きたくもねぇ馬を描かなきゃならんのだ、この時間でゲームしたい。友達と遊びてえ…そんな思いが目から形を変えて溢れて来た。
もういい、適当に終わらせるわ。
一度決心を決めれば案外簡単だった、棒人間を描くように雑に筆を走らせ色味と背景で辛うじて馬と判別できる一枚が出来上がった。今までの時間は何だったんだ。
ともあれ夏休みの宿題が終わった、通常のドリルなんかは担任に提出して終わりだが、この水彩画は別でコンクールに送られる。
まぁどうせ審査もされずに落とされるだろな、そんなことを提出してから思った。
数日後、駄作だと思っていた馬の絵が佳作に選ばれたとの連絡があった
地域の交流センターに飾られた、どう見ても雑な絵につけられた「走る馬が子供らしくのびのびと描けている」という寸評を眺めながら
結局何かを決めるのは大人なんだ、という真理を幼いながらに痛感してしまったのだった。
アウトプット
さて、数ヶ月ぶりのアウトプットをしてみた
やっぱり何でもそうだが、やり切った感がある。脳みそにいい気もする。
毎日は無理かもしれないが、これからも継続してアウトプットを続けていこうと思う。PV数が伸びるかは別として…