陰鬱な雰囲気を撮らせたら日本随一の黒沢清監督作品!実力派の演者もそろい踏みですよ!
あらすじ
ある青年が人質篭城事件を起こし、その事件を担当した刑事・薮池五郎(役所広司)は犯人と人質を両方死なせてしまい、心に深い傷を負う。
上司から休暇を言い渡された薮池は、ある森で不思議な一本の木を見つける。その木は根から毒素を分泌し、周囲の木々を枯らしてしまう奇妙な木で「カリスマ」と呼ばれていた。
他の木々を守るためカリスマ伐採を主張する中曽根(大杉漣)達であったが、カリスマを守ろうとする青年・桐山(池内博之)に妨害され、「カリスマ」を巡って住人たちは次第に対立の度を深めていく。
すんなりと誰かが死ぬ
黒沢清監督作品といえば『CURE』が有名ですが、今作『カリスマ』も代表作といわれています。
陰鬱な画面の雰囲気、難解な内容、ジワジワと迫る狂気など黒沢節が如何なく発揮されている作品となっています。
『CURE』でも派手な演出や音楽効果を使わずにあっさりと何の前触れもなく人が死んでいきましたが、今作でもそれは同様、よくあるババーン!的な演出もなく言うなればリアルに死が描かれています。
四すくみの群像劇
基本的に”カリスマ”と呼ばれる木を巡る争いが主軸になっています。
- カリスマを頑なに守り続ける桐山陣営
- カリスマを切り倒し森を守ろうとする中曽根陣営
- 中曽根に便乗し切り倒したカリスマで金儲けがしたい猫島陣営
- カリスマを枯らし森に秩序を取り戻したい神保陣営
以上4陣営の間を主人公である薮池がトリックスターとなり駆け回ることとなります。
主役には『CURE』に続き二回目の主演である役所広司、脇を固める役者も大杉漣・風吹ジュン・松重豊・池内博之・田中要次と超豪華!
さらに作業員役でコワすぎ!シリーズの工藤でお馴染みの大迫茂生も出演しているので探してみるのも面白いですよね!
考察
非常に難解で意味深な作品である『カリスマ』、その難解さが人を惹きつける一因となっています。そんな『カリスマ』を私なりに考察してみました。
”カリスマ”とは
作中絶対的な存在として描かれる木、この木を巡って争いが起き、仕舞には人死にが出て街は火の海になりました。
なぜこの木を切り倒したことによってそんな事態になったのか?それはこの映画のキャッチコピー”世界の法則を回復させる”に掛かってきます。
かの有名な政治哲学者トマス・ホッブズは著書”リヴァイアサン”の中で「人間の自然状態は万人の万人に対する闘争」と説きました。
つまりは、秩序だった法律や制度などが全くない状態=世界の自然法則に従えば全人類は常に闘争状態へと陥ってしまう、という事です。
カリスマが司っていたのは”法や秩序”そのものでした、そのカリスマが切り倒され無法・無秩序になってしまった様子がラストシーンの火の海と化した街だったのです。
カリスマの出す毒素
カリスマは根から他の植物を枯らす毒素を排出し、森を滅ぼしてゆきます。
これはいったい何を意味するのでしょうか?
法や秩序が生まれれば、そこに文明が生まれます。この作品で言えばカリスマが生えていた森こそが文明でした。
文明が生まれればそこには腐敗が生まれます、権力闘争、汚職…そうした腐敗こそが毒素。
いずれは内部からジワジワと文明をむしばみ、そこに息づくものを死に至らしめることになります。
徐々にむしばまれていくため周りの木々はそれに気づかず、法と秩序の元に醸成された権力を貪るためにカリスマに近づいていきます、作中でも言及されているようにその様は”麻薬中毒者”のようでした。
各陣営
・桐山陣営
カリスマを守るという使命感に突き動かされる若者、カリスマの毒素に当てられた救われない役柄です。
彼は森という文明の法と秩序を守る存在でした、しかしその法と秩序が壊れた文明から世話になった人物と共に脱出を図りますが、邪魔になって結局自分のみ助かろうと画策し失敗に終わります。
彼はその際、神保妹を殺して手に入れた一千万円を見せますが、既に無秩序となった世界での通貨は意味を成しませんでした。
・中曽根陣営
他の木を守るため、カリスマを売って金にするため、と雇い主によってコロコロと立場を変えましたが、一貫してカリスマを切り倒す事を目的とした陣営でした。
彼らは薄い兵糧で森を侵略しようとした兵隊のような役回りでした、森の生み出した幻覚キノコを貪り食い、良い思いをした上で法と秩序をいわれるままに打倒しました。どこかレイテ島での日本兵を彷彿とさせるように感じました。
最後は兵糧が尽き、「地獄」と呟き死ぬことになります。
・猫島陣営
カリスマという物体自体をコレクターに売り払い財をなそうとする陣営。
様々な場所に宿る文明を根こそぎ吸い取り、それを交易するという商人のような存在。
考えようによってはそのまま文明を移植するようなもので、文化の保護をも担います。
実際主人公は終盤に猫島の首筋を銃で打ち抜きますが、決して殺そうとはせず病院に連れて行くと言って実際街に戻っています、そうした文明の移植を担う存在のため生かされたのではないでしょうか?
・神保陣営
カリスマを異物とみなし、カリスマごと森を死に導いてリセットを図ることが目的という陣営でした。
発想は極端ですが、文明を更地に戻すという点で見れば、カリスマが作った文明以前を知っている・あるいは見ている原住民のような存在だったのではないでしょうか?
神保姉は次代の文明となりうる秩序の”芽”を託されますが、俗っぽかった妹は、自らが壊した秩序を守っていたものに殺されるという結末を迎えることになりました。
果たして”芽”をどうしたのか?それは分かりません、しかしそれゆえに想像力を掻き立てるキャラクターであったと思います。
主人公・薮池
現代が生み出した対人最強の武器・銃を持っている刑事薮池。
作中でも言及されていますが、彼は武力のメタファーでした。
最初こそ文明を守る側についているようでしたが、さまざまな陣営の意見を聞くうちに、彼は新たな”カリスマ”を創造します。
それはただの枯れ木でしたが、さらにそれを巡って争う各陣営を見ているうちに全てが馬鹿らしくなっていきます。
最終的にすべてを破壊しつくし、彼は自分自身がカリスマ(=秩序)となった事を確信し、火の海となった街へと帰っていきました。
帰った先で彼が何を成したのか?街は果たして元通りになったのか?変わり果ててしまったのか?
様々な可能性を残した印象的なラストシーンでありました。
総評
陰鬱という二文字を具現化したような映像、そして意味深なストーリー展開、考察好きなシネフィルの心をつかんで離さない名作であると思います。
また、視聴する人によって違う考察が出来るというのも黒沢作品の魅力です。
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