来る 容赦なくぶつけられる世界観

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MOVIE
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漫画的な世界観で強大な怪異と霊媒師の対決を描く、霊媒師松たか子が強すぎる一本。

『告白』の中島哲也監督、岡田准一や妻夫木聡らが脇を固める超豪華な布陣も魅力。

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あらすじ

社内では子煩悩で愛妻家で通っている田原秀樹の身に、ある日から怪異現象が勃発する。

その怪異現象によってその家族や会社の同僚たちにまで危害が及ぶようになり、オカルトライターの野崎和浩に現象の解明と除霊を依頼する。

野崎は、霊媒師の血を引くキャバ嬢・比嘉真琴らと共に調査に乗り出すが、そこで正体不明の訪問者と対峙することになる。

世界観

身内ネタ、というのは基本的に自分が属しているコミュニティで発生したものだから面白いのであって、自分が全く知らないコミュニティの身内ネタをぶつけられる時ほど理不尽な瞬間はない。

こと映像作品において練られた設定や世界観というのは、初見の視聴者にとっては知らないコミュニティの身内ネタと似たようなものだ。理解するまでは若干の理不尽さを感じる

しかし今作は次から次へと完成された世界観を脳に叩き込まれるような感覚を覚える、理解が追いつく前に次の世界観をブチ込んでくるのだ!

結果、岡田准一や松たか子は“何“と戦っていたのか?“ぼぎわん“て何なのか?そんな細かい点が気にならない。次から次へと押し寄せるライブ感を楽しむ作品となっている。

お祭り感

ホラー映画にしては2時間14分と長尺ではあるが、これには理由がある。

前半は平和な日常が“何か“によって徐々に壊され、追い詰められていく恐怖をのみならず、

中盤では一見平和に見えた田原家の内情を妻・香奈を通して描くことで、二面性を持つ人間の醜さを描く

後半は日本最強の霊媒師・琴子を中心として、知紗に襲いかかる“何か“を除霊する対決パート。

以上の3部構成をギュギュっと詰め込んでいるため、どうにも長尺になってしまっているのだ。


特に後半は、日本と何故か韓国から変な霊媒師が集まって一体の怪異を叩くという倒そうとする対決パートなのだが、

色んな宗教や坊主・尼・イタコ・霊能力者が一堂に介して除霊するシーンは、わちゃわちゃとしたお祭り感が強く、とにかくテンションが上がる

個々は何をしているのかも分からないが、とにかくテンションが上がる

考察

ライブ感を楽しむ作品ではあるが、せっかくなので『来る』を考察したい。

あれは何だったのか

作中で「ぼぎわん」や「あれ」としか語られない怪異。

原作小説では海外の妖怪である「ブギーマン」が日本に入ってきて訛った結果「ぼぎわん」という言葉に変化したという説明がある。この「ブギーマン」というのは、特定の外観を持たない怪物の呼称で、子供達の怖いと思うものを実体化させたものを指すそうだ。

今作のブギーマンは、長い周期のスパンで現れ育児放棄された子供のみを付け狙う、赤い靴を履いた女児型の妖怪なのではないだろうか。

知紗は秀樹からも香奈からも真の愛情は注がれていなかったし、秀樹が幼い頃遊んでいた女の子も、どうやら両親からの愛情は受けていないようであった。知紗は赤い靴を買ってもらった際に「お揃い」だと喜んでいた。

本当はそんなこと関係なくロリコンの妖怪なのかもしれない。

芋虫は何だったのか

怪異の力が強くなると現れていた芋虫、怪奇現象が強くなればなるほど大量の芋虫が現れていた。

もちろん「ぼぎわん」の使い魔的な存在である可能性もあるし、ココに居たぞという足跡的な存在でもあると思う。

しかし何故芋虫であったのか?

芋虫は成長し、サナギになり、やがて蝶や蛾といった成虫になっていく生物だ、これを踏まえると「ぼぎわん」は「成長途上」であるという意味が込められているのではないだろうか。

「ぼぎわん」は恐らく子供の妖怪であるし、後半は前半に比べて明らかに力が強くなっていった。

岡田准一が映るシーン

今作は序盤〜中盤〜終盤と主人公が立て続けに替わっていく。

終盤の主人公である野崎を演じるのは岡田准一なのだが、彼が誰かと映るシーンのみ違和感があるのだ。

そう、岡田と共演者が同じ画角に映る時、共演者はほとんど座っているか、中腰なのだ。

ここから岡田の唯一の弱点をなんとかカバーしようという涙ぐましい努力が見える。

演技がうまくて顔がゲロかっこいいので、正直弱点なんかカバーしなくても気にならない、なのに頑張ってなんとかしようとしているので余計に気になってしまった。

総評

超豪華な俳優陣に霊媒師やクズライターなど、魅力的な味付けをすることで更に演者の良さを引き出している作品。

とにかく抜群の世界観を持つ物語で、原作はシリーズものとして続いているそうなので是非次回作が見てみたい。


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