殺人狂時代 時代が追いついたカルトなアクションコメディ

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殺人狂時代 ロゴS級作品
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1967年の公開当時東宝始まって以来の最低興行収入を叩き出してしまった作品、1980年代のリバイバル上映により、やっと評価され始めたという早すぎた傑作!

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あらすじ

冴えない大学講師・桔梗信治は、自宅アパートに侵入してきた見知らぬ男に命を狙われる。

男の正体は、人口調節のため無駄な人間を殺すことを目的とする組織「大日本人口調節審議会」が差し向けた殺し屋だった。

偶然にも落下したブロンズ像が頭部に当たり殺し屋は死んでしまうが、その後も次々と信治のもとに刺客が送り込まれる。

信治は偶然知り合った記者・啓子やコソ泥のビルとともに真相を追うが……

(https://eiga.com/movie/36672/より)

時代が追いついた

次々と現れるどこか抜けている変な殺し屋を、大学教授で全く武闘派ではない主人公・桔梗がのらりくらりとかわしていく。

決して大きな見せ場がないとは言わないが、同年公開の『日本のいちばん長い日』や『007は二度死ぬ』などの大作映画と比べると、どうも派手さのないあらすじだ。

事実この作品はシナリオの段階で一旦ボツになっているし、1966年に完成したのにも関わらず公開直前でお蔵入りという屈辱的な扱いを受けたのち、公開当時の東宝史上最低の興行収入を叩き出してしまっている。

しかし、実際に見てみればわかる通りトランプに剃刀を忍ばせて攻撃してくるサラリーマン、松葉杖に仕込みナイフ入れた着物の男などなど…大日本人口調節審議会とかいうとんでもないパワーワードな組織から次々送り込まれる変な殺し屋たちは、そのどれもがヘンテコでシュールで次はどんなヤツが出てくるんだ?とワクワクさせられてしまう。

当時の人たちはこのセンス溢れるシュールさが理解できなかったようだ、公開から約20年経ってやっと評価されたというのがそれを物語っている。

セットの妙

今作の魅力はヘンテコな殺し屋だけではない、セットのおしゃれさにも注目してほしい。

大日本人口調節審議会のトップである精神科医・溝呂木と主人公が対面する酒場は、今見てもどこか近未来感がする曲線を多く使った外観で、手塚治虫の漫画に出てきそうなデザインだ

そして、溝呂木が経営する精神病院の長い廊下と院長室。

洋風でどこか高貴な香りがするデザインと、精神病の患者が閉じ込められている檻、その相反する二つが一つの空間に同居しているアンバランスさ。

おしゃれであるのに一発で溝呂木の異常さが分かる。

精神病棟の長い廊下というと、1963年公開の名作『ショック集団』も想起される、岡本喜八監督も試聴していてどこか影響を受けているのではないだろうか。


さらには演出も凝っていておしゃれだ

特筆すべきは溝呂木が車の中でヒトラーについて独白するシーン

シルエットの溝呂木、その後ろでは車窓がスクリーンとなってヒトラーが映し出されている。

数秒のシーンであるが、非常に漫画的な表現をハメコミ合成の技術を使いナチュラルに実写化しているのだ。溝呂木役の天本英世の独特な語り口と合わせて非常に印象的なシーンとなっている。

天本英世

主人公演じる仲代達矢のコミカルさとクールさを使い分けた演技も魅力的だが、それ以上に目立ちまくってしまっているのが天本英世の怪演だ。

マッドサイエンティストを思わせるギラギラした眼光、見るからに怪しげな風貌、ドイツ語を流暢に話す語学力、その全てが狂気に駆られた精神科医・溝呂木省吾を演じるために設えたかのようである。

溝呂木省吾という殺意

そんな魅力的な天本英世が演じる溝呂木省吾、悪役としての筋がかなり通っている。

「生存競争の行き着く先は殺意」
「人間、一皮剥げば他人がくたばりゃいいと思っている」
「人はそれを隠すが私は隠さないだけだ」

殺意の塊でありながら、一定の哲学を持った殺人。

「人間の自然状態は万人の万人に対する闘争である」ホッブズの問いた自然状態の人間、それこそが溝呂木なのだ。

反戦映画としての考察

また、作中彼はこうも言っている

「人間のした最も偉大なる行為は何か、戦争ですよ」

溝呂木は人間の自然状態でもあり、殺意の塊でもあり、戦争のメタファーでもあった。

俯瞰してみると、溝呂木は強大な権力を持つ“国”そのものであり、送り込まれる殺し屋は“兵隊”、主人公はたまたま力を持っていただけの“無辜の民“という図式が浮かび上がる。

この映画は死にたくないのに戦争に巻き込まれ死んでいった無辜の民をイメージさせる反戦映画でもあったのだ。

総評

監督、演者ともにセンスが爆発しているカルト映画。

軽い気持ちで見始めたのにも関わらず気づけばワクワクしながら画面に釘付けになっている、この映画は興行収入だけで語ってはいけない魅力が詰まったオモチャ箱のような作品だ。


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