ノマドランド バンに詰め込んだのは人生

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S級作品
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ノマド(=放浪者)となった老齢女性のロードムービー、人生の酸いも甘いも希望も後悔も全てが詰まった一本。2021年度アカデミー賞最有力候補作品

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あらすじ

主人公ファーンはネバダ州のエンパイアで臨時教員をやっていたが、工場の閉鎖で街の経済が大打撃を受け、そのあおりで彼女も家を手放す羽目になった。

途方に暮れたファーンだったが、自家用車に最低限の家財道具を積み込み、日雇いの職を求めて全米各地を流浪する旅に出た。その過程で、ファーンは同じ境遇の人々と交流を深めていくのだった。

リアル

生活苦や社会からの隔絶を願ってなど、様々な理由で車上生活を送るノマドと呼ばれる人々のリアルを描いた作品で、実在のノマドであるリンダやスワンスキーが本人役で出演していることも話題を集めている。

自由奔放ながらも、どこか暗い側面を隠して懸命に生きるノマドたち。そしてアメリカの広大な砂漠、雪原、森林などが美しくスクリーンを彩る一級品の一本。早速内容を考察していこうと思う。

イエ

人間は古来より住処であるイエを作り、そこを中心に生活をしてきた。一生に一度の買い物という言い方をするように、建造物という意味での家は非常に高価である。

そしてイエには家族が集まり、イエの周りには友達ができて様々な思い出が生まれる。

イエは住処としての役割、資産としての役割というだけでなく大切な思い出を後世に残す装置でもある。

主人公ファーンは災害でも自分の過失でもなんでもなく、経済という目に見えぬ外部の影響によってイエを失ってしまった

原因が自己にあったり災害であれば、諦めもつくかもしれない。しかしそれが目に見えぬ理由で、イエも旦那との思い出も友達も、住んでいた町そのものを無くしてしまった喪失感と悲しみは筆舌に尽くし難い。

しかし、ファーンは立ち止まらなかった

ヴァンガード(=先駆者)と名付けたオンボロのバンに可能な限りのイエ要素を詰め込んで、仮設のイエを作り出した。全てを失った彼女にとってヴァンガードは人生そのものとなった

自傷

人付き合いも得意な彼女は訪れる先々で友人を作り、リンダやスワンキーなど親友と呼べるような関係性の人間もできたし、デヴィットのような友人以上恋人未満というような男性も現れている

一見するとファーンは非常に前向きな人間のようだ

しかし実の姉やデヴィットに住処を提供されても頑として断り、生活環境の悪いヴァンガードでの生活を選んでいる。辺境でキャンプ中に体調を崩せば命に関わるのにだ

本当に前向きな人間であれば提供された場所に住み生活環境を整え、終の住処を形成していくのではないだろうか?ファーン自身が冒険心に溢れた女性であることは作中語られているが、若者ならばいざ知らず、壮年女性の冒険心は命取りだ。

私は彼女の行動を“長いスパンの自傷行為“なのではないかと考察する

前述の通り、彼女は夫を失っただけでなく、イエや自らの周りを取り巻く環境そのものをなくしている。果たしてそんな人間が心に傷を負わずして生きていけるのだろうか?恐らく無傷で生きていける人間などいないであろう、ファーンもきっと心に傷を抱えていて人生の最後に待つ死をどこか待ち侘びているのではないだろうか

生活苦でバンに住むのではなく、自然とともに生き資本主義の現代社会とは隔絶した自由な生き方を選択している。とも言えるのかもしれない、しかし実際は季節労働者として体を酷使し、極寒の狭い車内で寝起きする行為は確実に寿命を削っていくに違いない。

彼女はノマドの生き方を選択し、長い自傷行為に及んでいるのだ

老人の貧困

今作はアメリカにおけるノマドというライフスタイルを日本に伝えるとともに、老人の貧困という目を背けがちなテーマにも深く切り込んでいる。

アメリカは先進国では珍しく国民皆保険制度をとっていない、医療を市場原理に任せ民間の医療保険に加入しなければ一回の手術や入院で高額の負担を強いられることになる。また雇用体系も欧米型という仕事単位での雇用が一般的でクビを切られやすい、終身雇用のように安定していないのだ。

さらに作中でも言及されているとおり年金額も少ない。アメリカでは一般家庭をモデルにリタイア後の生活費の40%を補えるような制度設計がされている、たったの40%だ。しかもその年金の算定も35年間の収入平均で計算され、収入のない時期は0としてカウントされてしまうなどかなり厳しい。

事実アメリカの「高齢者統計2008」によればアメリカの高齢者3890万人のうち9.7%が貧困水準にあることが示されている。

これは決して遠い国の出来事ではない、日本でも「男女共同参画白書」(2010年版)によると高齢者の5人に1人が貧困状態に陥っているというデータもある。

日本は皆保険制度もあるし、医療の負担率は低いと思う方もいるかもしれない。しかし、その皆保険制度の根幹である国民健康保険料はかなり割高で、その国民健康保険料の被保険者の大半を占めるのは自営業者であり、自営業者が商売を廃業してから国民年金のみで生活しようとするのはかなり厳しい。

今作でファーンは季節労働者をしながら食い繋いで行けるのは、まだ体が健康であるからだ。老人の貧困を描いてはいるが、描き方としては非常にソフトであると言えるかもしれない。

総評

日本ではあまり聞いたことのないノマドと呼ばれる人たちの息遣いが美しい風景とともに楽しめる一本。一生懸命に生きる主人公が時折見せる涙には、フィクションの人物と分かってはいながらもバックボーンを感じさせた。

筆者には主人公が前向きに見えるも、実は死を待ち望んでいるのではないかと感じたが、あなたはどう思っただろうか?

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