『透明人間』で古典ホラー×現代を成功させた逸材が描く近未来SFサスペンスの傑作!
あらすじ
近未来で妻のアシャと穏やかに生活していたグレイ・トレイスは、突如現れた正体不明の組織に襲われる。妻は殺され、グレイは一命を取り留めるが、全身がまひしてしまう。
悲しみに沈む中、ある科学者から実験段階にある人工知能チップ“STEM”を肉体に埋め込む手術を提案され、彼は受けることにする。
やがて彼は体を動かせるようになったばかりか、驚異的な身体能力を得る。
(Wikipediaより引用)
IoTの行き着く先
巷では声でエアコンをつけたり、自動で縦列駐車してくれる車があったり、ボタンひとつで通販ができたりー身の回りから徐々にIoTが進んでいることを感じる毎日。
その行き着く先はどこなのか?
それを映像化して示したのが今作『アップグレード』だ。
主人公は悪人によって妻と身体能力までもを奪われ、脊髄にSTEMと呼ばれるチップを入れることで超人的な身体能力と演算能力を手に入れることになる。
アイデアとしては義体化が進む近未来SFの金字塔・攻殻機動隊に近いが、攻殻は公安だが今作の主人公は妻を殺した犯人を追い詰める復讐鬼という点が異なるし、便利さを追求する人間の愚かさを描き出している。
支配される側
現在のテクノロジーは人間の支配下にある、すべて人間がプログラムした通りに動く。しかし近い将来人工知能が人間の能力を超える“シンギュラリティ“というものが起こるそうだ。
そうなるとテクノロジーが牙を剥く可能性がある、それをいち早く映像化して話題になったのが『ターミネーター』だった。
ターミネーターでは人間は人間、スカイネットはサイボーグとして描かれていたが、今作は人間がサイボーグ化するという点が異なる。
脳味噌という記録媒体がテクノロジーによって直接侵されていく。
自我というデータ
我々が我々たらしめているのは脳味噌に刻まれた自我があるからだ、自我は今まで生きてきた記憶に裏打ちされたもので人類特有の尊いものだと思う。
ただこの自我も突き詰めれば電気信号、僅か1.5kgの脳味噌内にあるデータなのだ。
終盤主人公の自我はSTEMによって移動され、痛みのない幸せな世界へ永遠に囚われることとなる。STEMという強大なテクノロジーにかかれば脳味噌はただの記録媒体、肉体は武器、自我は単なるデータでしかなかったというわけだ。
物語の結末はミクロ的に考えると主人公は永遠の幸せを手に入れたハッピーエンド、マクロ的に考えるとSTEMが人類を支配する礎を築いたバッドエンドと言えるだろう。
この結末をどう捉えるかは人それぞれになるに違いない。
冒頭からSTEMを埋め込まれた主人公の動きはどこか不自然であった、電気的な信号で動くロボットの様な動きが非常に目につく。徐々にSTEMに支配されていく様がありありと伝わってくる。
リー・ワネル監督作品は、その作品にこめられたメッセージをスクリーン上でダイレクトに伝えているため非常にわかりやすいのが特徴な気がする。
映像表現
今作で非常に印象的なカメラワークが、主人公を画面真ん中に固定し景色が流れていく様な撮影技法。
アクションシーンでも機械的に動く主人公を無機質に描き出すことに成功している。
グリグリ動くアクションシーンはあまりにも無機質に動きまくるので、見方によっては酔う方もいるかもしれないので若干注意が必要だ。
総評
偽りの記憶が埋め込まれたり、人工知能に職を奪われたり、常に機械の顔色を伺う様な未来。
もちろん介護用に人の手が入らないロボットが開発されたり、輸送用のドローンの高性能化が図られたり人類の進化に不可欠なテクノロジーの進歩はきっとあるだろう。
ただし、便利さを追求するあまり到達する未来は、決してバラ色ではないのかもしれない
便利さに注目が集まる一方あまり議論されない観点に鋭くメスを入れたのがこの『アップグレード』なのかもしれない。
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