ヘレディタリーの様なジメジメとしたホラーが見たい方には必見の一本
父を失った母子に迫るのはババドックなる化け物、貧困母子家庭という現代の闇を描いた今作を考察していく
※考察記事のため本編に関するネタバレがあります、ご了承ください
作品名(評価):ババドック 暗闇の魔物(B)
制作(公開年):オーストラリア(2014)
監督:ジェニファー・ケント
主演:エッシー・デイヴィスサミュエル、ノア・ワイズマン他
あらすじ
アメリアは事故で夫を亡くし、息子のサミュエルと2人で暮らしている。だが、サミュエルは学校で度々問題を起こし、彼女の頭を悩ませていた。一方でサミュエルは、母親が本を読み聞かせると眠りにつくという面もあった。
そんなある夜、サミュエルがアメリアに読んで欲しいと1冊の絵本を持ってきた。だが、“ババドック”なるその絵本は彼女の見たこともないもので、どこか薄気味の悪い絵本であった。それ以降、2人の周囲で次々と奇怪な現象が起きるようになる。
Wikipediaより
ババドッグという化け物
今作の中心となるのは母とその息子、そしてそれを付け狙うババドッグという化け物だ。
ババドッグは絵本から発生するシルクハットを被った黒づくめ男性型の化け物、ゴキブリ並みにカサカサと移動する、両手の爪が異常に発達しており対象を引っかいたりする他、めちゃくちゃな牙が生えている。しかしこの牙は作品上で一度も活かされていない
存在を否定すればするほど力が増していくというやっかいな性質を持っており、狙ったものの内部に入り込み周りの者を傷つけていく、前述の爪や牙をあんまり使用しないのは基本的に攻撃は超能力によるサイコキネシスを用いるからだ。主食はミミズ。
余談ではあるが、Netflixの映画カテゴリーで何故かこのババドックがLGBTQのカテゴリーに入っている画像が拡散され、否定すれば否定するほど存在が強くなるというところからLGBTQのアイコンになっていたりもする。
絵本を見つけて開いてしまうと逃れようがないというババドッグであるが、今回はこいつについて考察していく。
そもそもババドッグは存在したのか?
執拗に息子サミュエルの命を狙うババドッグであるが、本当にこの化け物は存在したのだろうか?
筆者はババドッグはアメリアの妄想なのではないかと考える、そう思うに至った根拠を順にみていこう
アメリアの職業
ババドッグは本来”MISTER BABADOOK”という飛び出す絵本に登場するキャラクター、ということは誰か著者が居るはずなのだ
ではその著者とは誰なのか?
ずばりアメリアだ
作中姪の誕生日会でママ友とアメリアが会話するシーン、ママ友の一人がアメリアに「ライターをやっていたのよね?」と尋ねている。アメリアは介護施設職員になる前、児童書などのライターをやっていたのだ
つまり絵本を書くノウハウがアメリアにはあったのである、めちゃくちゃ手の込んだ飛び出す絵本ではあったが ”MISTER BABADOOK” を執筆し、サミュエルの本棚に置けたのは彼女しかいない。
睡眠薬の弊害
アメリアは7年前に夫を事故で失ったショックとサミュエルの問題行動によって不眠症状に悩まされていた、その不眠症状を改善するために医者から精神安定剤か睡眠薬の様なものを処方してもらい床に就くようになる
ここで注目したいのが、彼女が睡眠薬を飲んだ日にババドッグの絵本が移動している点である
睡眠薬や精神安定剤は不安症状を取り除くものであるが、健忘症の副作用があるのはご存じだろうか?
睡眠薬の代表格である「マイスリー」という薬を例に出すと、非常に作用時間が短く急激に覚醒レベルを落としていくことから脳が中途半端に覚醒してしまい健忘症を引き起こすそうだ。具体的には友達に電話を掛けたりカップラーメンを食べたりと当たり障りのないものだが、その行為を行った記憶がスッポリとぬけおちてしまう。
これと同じことが彼女にも起こったのではないのだろうか
無意識にババドッグを生み出し、素面の内に本棚の上に隠し、また無意識にページを加えてババドッグを完成させてしまったのかもしれない
物理攻撃×のババドック
前述の通りババドックは長~い爪と鋭い牙を持っているのにもかかわらず、それを全く活かそうとしない。物理的な攻撃はほとんど皆無と言ってもいいのだ。
隣の家に住む義母の部屋にババドッグが現れても、義母には何の不幸も起きていないし普通に最後まで生き残った。結局実害が出始めたのはアメリアの中にババドッグが侵入したという演出の後からで、犬を絞殺したりしたのは彼女の手がやったことだ
何で優れた身体能力と爪と牙を持ちながら物理攻撃を仕掛けてこないのか?
それはやはりババドッグが存在しないからなのであろう
アメリアしか見えない幻覚
作中ババドッグの影響と思われる幻覚をアメリアが体験するシーンがある、冷蔵庫付近の壁紙が剥がれ中からGが出てくるというキモキモな場面だ。
しかしここで注目したいのはキモキモなG何かではなく、その幻覚がアメリアにしか見えていないという点だ
その幻覚が見えた時、近くにサミュエルもおりアメリアのもとに駆け寄ろうとする所だったが、アメリアはサミュエルを「来ちゃダメ!」と制止している。
普通だったら「見てこれヤバいよ!」とキモさの共有をするところであるが、何故か彼女はソレをしなかった。
何故ならGは自分だけにしか見えていない、というのを深層心理で分かっていたからなのではないだろうか?
じゃあババドックってなんなのさ?
ここまでババドックの存在を否定するなら、そのババドックの正体まで考察しなければならない。
ずばりババドックはサミュエルを疎ましく思うアメリアそのものだ
アメリアにとって何にも変え難い息子は、生まれた時から夫が命を失うきっかけになった人物であった
そして成長した今でも、息子は問題行動ばかりを起こし彼女を苦しめる不眠の根源でもある
新しい恋人を作ろうにもコブ付きという条件は彼女にのしかかる
愛する息子であるにも関わらず、彼女にとっては目の上のたんこぶであったのだ
以下はババドックが息子を疎ましく思う心であると考察するに至ったシーンだ
アメリアのみ
ババドックはそんな彼女の心の闇から生まれた別人格であると考える、何故ならババドックはアメリアにしか乗り移っていない
自己申告
さらにはババドックに乗り移られた後もサミュエルに自分のことを「私はお前の母親だ!」と名乗った
叫び声
最終的にババドックは叫び声を上げながら地下室に逃げていくが、ババドックの見た目は男性なのに対しその時の叫び声はどう聞いても女性の声だった
ラストシーンの意味
前述の通りババドックは地下室で飼育されているが、これは息子を疎ましく思う気持ちは存在しているということになる。しかし母親として強くなったアメリアはその気持ちを完璧にコントロールする術を覚えたのだった。
総評
今作はホラー映画テイストにはなっているが、アメリアの母親としての精神の成長を描いた一本だ
ババドックのキャラクターとしての不気味さはもちろん、自分が徐々に自分でなくなっていくというアメリア視点
愛する母親が恐ろしい存在に変貌していく様を見せつけられるサミュエル視点と、色々な感情移入の仕方ができるのも良い
さすがは「エクソシスト」の監督ウィリアム・フリードキンをして「今までで一番ゾッとした映画」と言わしめた作品である
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