晴天の霹靂 地味で味気ない紙の薔薇

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MOVIE
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『陰日向に咲く』で文学でも才能を開花させた天才・劇団ひとり原作の映画化第二弾。

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あらすじ

映画『青天の霹靂』予告編

39歳の晴夫は学歴もなければ、金もない、恋人もいない平凡な男。

母親は物心がつく前に蒸発と父に聞かされ、母親を恨みながら父子家庭で育った。一流のマジシャンを目指すも、気付けば場末のマジックバーで17年間働く売れないマジシャンだ。

そんなある日、晴夫は後輩売れっ子マジシャンの伝手でTV番組のディレクターの前でマジックをする機会に恵まれるも不振に終わる。

失意の中、電話が鳴った。

父親が亡くなったという警察からの一報。父親の死に茫然としている中、青く晴れた空から雷が落ちる。それを機に彼の運命は大きく転換する。

意識を取り戻した晴夫は昭和48年の浅草にタイムスリップしていた。そこで彼は若き父と母に出会い、自らの出生の秘密を知ることとなる。

日本版BTTF

今作はひょんな事からタイムスリップして若き日の両親に会う、というストーリーとなっている。

そう、ものすごーく大まかなあらすじは、あの超名作バックトゥザ・フューチャー(BTTF)と一緒なのだ。

しかし、内容は全く正反対

マーティは自分の生き死にがかかった状況に陥ったため、両親をくっつけようと奔走し未来へ帰る術を探していく。

晴夫はそもそも両親がくっついている状態の過去へタイムスリップ、2014年という”現在”から目を逸らし、自らの出生の秘密を父親の相方として傍観する事となる。

マーティは過去に影響を与えて歪めてしまった歴史の流れを修正したのに対し、春男は過去から影響を与えられ歪んだ自分自身を省みる事となった。

ここにはそれぞれの国が持つ国力がストーリー展開の差を作っているのではないかと思う。

アメリカは他国や過去の事象に介入できる力。

日本は介入など出来ないという謙虚さや臆病さが現れている気がするのだ。

知らんけど。

大泉と劇団ひとり

W主演の大泉洋と劇団ひとりだが、ほとんど演技をしていないような自然さがある。

特に大泉洋はダメなおじさんをやらせたら天下一品だ。

なし崩しに事件に巻き込まれていく様は、彼の出世作『水曜どうでしょう』で騙されて海外に連れて行かれていた時と変わっていない。

対する劇団ひとりも、ライブハウスで鍛えた演技力が遺憾無く発揮されている。

中でも彼が得意とする『中国人の真似』を劇中でもそのままやっていて、ネタを演技に昇華させている。

そんな2人に難癖をつけるとしたら一つ。

そのまんま過ぎる、という事だ。

キムタクがどんな役をやってもキムタクになってしまうように、この2人も何をやっても大泉洋で劇団ひとりなのだ。

良いように言えば独特の世界観を持っている俳優だという事なのだろうが。

あと柴咲コウの全力ビンタをくらう劇団ひとりが羨ましい。

偽物の薔薇

今作を象徴するアイテムに紙で作った薔薇が挙げれらる。

「地味で味気ないけど、頑張って本物のフリしてる。自分なりに精一杯咲こうとしていて、とてもキレイ」

作中で柴咲コウ扮する母がこの薔薇を評していうセリフで、このシーンからの一連の流れが今作の一番のハイライトとなっている。

世間に注目されるような、大金持ちになるような、そんな華のある人生を送れるのはほんの一握り、大多数の我々その他は”地味で味気ない紙の薔薇なのだ。

朝の星座占いみてぇな誰にでも当てはまること言いやがって…と思うかもしれない、

しかし、この短いセリフが刺さる人間はそれだけ多いということになる。ありがちなセリフと思うかもしれないが、やっぱりハッとさせられてしまう。

総評

1時間48分という映画にしては短い尺の中にコメディ要素・泣き所がバランスよく配置されたシリアルのような作品。

奇麗にまとまっているからこそ突出した部分は無いし、病室の光の加減など演出も若干くどい部分があったりするが実力派の俳優たちの働きで嫌な部分は隠れてしまっている。

ちょっと病んだ時、手っ取り早く泣けて前向きになれる映画だと思う。


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