ブラックな笑いとホラーテイストで強烈なキャラクターが人気を博し、一時期HONDA・オデッセイのCMキャラクターまで上り詰めたアダムスファミリーが27年ぶりにスクリーンに帰ってきた!
あらすじ
人里離れた山の中で結婚式をあげたゴメズとモーティシア。
突然襲って来た人間たちに故郷を追われた二人は、丘の上に建つ荒れ果てた屋敷にたどり着く。
時が流れ、夫婦には二人の子供、ウエンズデーとパグズリーが生まれて、一家4人と執事のラーチは平和な日々を送っていた。
そんななか、パグズリーが一族にとって重要な儀式、「セイバー・マズルカ」を親戚たちの前で披露する日が近づいていた…。
よかったなパグズリー
『ソーセージパーティ』の監督コンラッド・ヴァーノとグレッグ・ティアナンが再タッグして製作された今作。
頭身低めに設定されたアダムスファミリーがグリグリ動くのが見ていて楽しい作品だ!
ハンドがスマートウォッチを巻いていたりと現代版にリブートされた要素や、ヤリをぶち込まれても平然とするフェスターなど実写版でのお約束も満載。
何より嬉しいのは、実写版での活躍があまりなかったパグズリーの活躍だ!
実写版では可愛いからといってウェンズデーばっかりクローズアップされがちであったが、今作ではパグズリーの成長も描かれている、パグズリーファンには垂涎の一本となるだろう
パグズリーファンとかいるのか知らんけど。
なんで今更?
実は一度アニメ化されているアダムスファミリー
初放送は1973年で、日本では声優のアドリブでカルト的な人気を博す『宇宙忍者ゴームズ(ファンタスティック・フォー)』を制作したハンナ・バーベラ・プロダクションが手がけていた。
旧アニメ版のパグズリーの声優はジョディ・フォスターというトリビアも付け加えておこう。
初放送時から数えると47年ぶりのカムバックとなった作品であるが、なぜ今更アダムスファミリーなのだろうか?
これは作品を見ると明らかになる。
普通であること
以前の実写版アダムスファミリーでは、アダムス一家は道路標識を引っこ抜いたり、人を炎で炙ったり…非常にインモラルで”普通ではない”家族だった
アニメになった今作はそうしたインモラルさはなりをひそめ(身内に対する残虐行為は続いてるけど)、他人には害を及ぼさないけれど不気味で”普通ではない”家族という、毒を抜かれた格好になっている。
というのも、今回アダムス家と対立するのは”普通である”ことを美徳とするマーゴ、そしてマーゴが作るアシミレーションという名の街の住人なのだ。
この映画はアダムスファミリーを通して”普通”を問う作品なのだ。
マイノリティvsマジョリティ
マーゴが作る街であるアシミレーション、そもそもアシミレーションとは”同化”という意味のある英単語でもある、
マーゴはアダムス家から不気味さという個性を取り上げ、”普通”と同化することを迫る
ここでいう普通とは、男と女が結婚して子供を産んで教育を施し生産活動をする、という古い価値観を指す。
スクリーンを通して我々が見るのは、マイノリティとマジョリティの対立だ。
ただ単にインモラルでシュールだったアダムス家を多様化する社会は、LGBTや障がい者、少数民族のメタファーへと変貌させた。
BLMデモ、中国の香港支配…激動する世界の影響を反映するのにアダムスファミリーは非常にいい標本だったのだ。
総評
今作の評判を見ると、ポリコレによって作品本来の味である毒を抜かれてしまったという意見もあるが、そういう人はサウスパークでも見てればいいんじゃないかなと思う。
物語は生き物であって、シリーズは長く続けば続くほど時代に合わせて変遷していく
そういう意味でアダムスファミリーがマイノリティという性格を負ったのは物語の正当な進化だ。
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