黒人男性ジョージ・フロイドが白人警察官に不当な拘束をされ命を落とした事件に端を発し大きなうねりとなったBLM運動、今作はその一連の事件に触発されて作成された一本。
第93回アカデミー賞短編映画賞受賞作を考察していく
※この記事は作品のネタバレを含みます、御承知の上ご覧ください
作品名(評価):隔たる世界の2人(A)
制作(公開年):アメリカ(2020)
監督:トレイヴォン・フリー、マーティン・デズモンド・ロー
主演:ジョーイ・バッドアス、アンドリュー・ハワード
あらすじ
ニューヨークで黒人グラフィックデザイナーのカーター・ジェームズは愛犬ジーターに餌を与えるために恋人のペリーのアパートから自宅へ帰ろうとするが、通りで白人のニューヨーク市警のメルク巡査と遭遇したことをきっかけにタイムループに閉じ込められてしまう。
Wikipediaより引用
BLM運動とは
BLM運動とは?
ブラック・ライブズ・マター、アフリカ系アメリカ人のコミュニティに端を発した、黒人に対する暴力や構造的な人種差別の撤廃を訴える国際的な積極行動主義の運動である。
この運動は2020年に前述のジョージ・フロイド事件を経て世界的な広まりをみせたが、BLMという言葉自体は2012年に17歳の黒人少年が銃殺されたトレイボン・マーティン射殺事件を機に各SNS上のハッシュタグによって始まったもの
デモの際に略奪行為や商店の焼き討ちも併発してしまう事もあるため、否定的な意見を持つ者も多い
日本語訳が非常に難しい表現であり、直訳すると「黒人の命は大切」という文章になるが運動の本質はそこにない。
アメリカの白人保守層からはこのBLMのカウンターとして”ALL LIVES MATTER”や”BLUES LIVE MATTER”という運動も勃興した。”黒人の命だけでなく全ての命は大切”という意味であるが、これは揚げ足取りでしかなく黒人に対する差別や取り扱いの現状からの論点ずらしに他ならない。
作中でも言及されている通りアメリカにおいて黒人であることはマイナスで、白人であることはプラスなのだ、ALL LIVES MATTER運動がもし黒人コミュニティから生まれたモノであるならだれも文句は言わない。しかしその運動を、もともとプラスで生まれてきた白人のコミュニティがBLM運動を矮小化させるためだけに、毛ほどの信念も正義も持たずに始めたのだとすれば言語道断だ。
このように世界では差別する側・される側の両者に圧倒的な溝があり、差別する側が優位な状況が続いているのである。そして今作はそんな現状を皮肉った作品となる
徹底した理不尽
今作の主人公カーターは徹底的な善人として描かれ、白人警官のメルク巡査は理不尽な力そのものとして描かれる。
カーターはタイムリープをするたび理不尽な理由でメルク巡査に様々な形で殺される、それもBLM運動が勃興するきっかけとなった事件をなぞって。
このタイムリープには舞台装置としての役割を果たしつつ、理不尽にたんたんと殺されていった事件の被害者がいかに多いかという事実を突きつけてくる
黒人と白人の対立構造があまりに善と悪ハッキリしているので、途中まではBLM運動に対するマッチポンプのような作品なのか?と思ってしまうが実際はそうではない。
むなしい対話
物語の後半カーターとメルク巡査はパトカーの中で星座や家族構成、身の上話やお互いの主義主張を話し合う。
「白人は生まれながらにして白人という恩恵を受けている」というカーターに対しメルク巡査は「興味深いが全てに納得とは言えないね」とつぶやく。お互いにお互いの事を少し理解したかと思えば、それはカーターの一歩的な勘違い
メルク巡査は再びカーターを銃殺するのだった。
このシーンからは差別する側とされる側の対話が如何にむなしいものかがわかる、差別する側は差別される側の主義主張も全て把握したうえで平然と差別を行うのである。
さらに差別される側の抗議によって「なにをしゃしゃってんだコイツ等」と、その理不尽な憎悪をつのらせる結果となる、BLM運動のカウンターであるALL LIVES MATTER運動やヘイトクライムがまさにこの典型例だ
被差別側が対話を望んだとしても一方に理解する気持ちが無ければ両者は決して交わることはない、この映画を製作した人々の諦観にも似た心境が伝わってくる。『隔たる世界の2人』というタイトルはカーターとメルクを指すのと同時に、決して交わることのない大きな隔たりを抱える差別する側・される側を意味している。
総評
コロナ禍による人々のストレスは差別を助長しているようで、最近ではヘイトクライムは黒人のみならずアジア系住民にも広がっている。日本の保守層がBLM運動に難癖をつける際、なぜか自分は差別されない側にいると思い込んでいるようだが、今作が意図する被差別側には我々日本人も入っており他人事ではない。
遠い異国の事と目をそらすのではなく、アメリカの現状を知るためにも鑑賞する価値のある作品。説教臭くなくタイムループものの体裁をとっており、とっつきやすいのもおすすめポイントの一つである。
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