フランスの喜劇王ジャック・タチが娘のためにのこした脚本を、アカデミー賞ノミネート経験を持つシルヴァン・ショメ監督がアニメ化。
娘への脚本という事でハートウォーミングな展開…と思いきや、かなり考えさせられる切ないストーリーです。
あらすじ
1950年代のヨーロッパ。旅から旅の生活をしながら各地の劇場等で興行する時代遅れの奇術師、タチシェフは、あるときスコットランドの離島にある小さな村の酒場で興行を行う。
電気さえほとんど通らない田舎町であったため、時代遅れのタチシェフの手品でも村人からは歓迎される。酒場で働いていた少女、アリスはタチシェフのことを本物の魔法使いだと信じ、島を離れるタチシェフの後をこっそり追い、エディンバラまでついていく。
タチシェフは思わぬ押し掛け家出人の存在に驚きながらも、アリスを追い払わず、エディンバラの安宿に当面の居を定めて同居生活を始める。
ノスタルジック
近代ヨーロッパというあまりなじみのない世界観が新鮮な今作。
ジャパニメーションというよりディズニー作品に近いヌルヌル作画で描かれるのは、どこか懐かしい煙を上げて走る蒸気機関車や、離島に暮らす人々をユーモアとノスタルジーたっぷりに描き出しています。
作中ほとんど言語は登場せず、必要最低限の会話のみで進んでいくサイレント映画を彷彿とさせる仕上がりになっているのも郷愁を誘います。
アリスという女
電気さえ通っていない田舎町出身の無垢な女の子、それがアリスです。
その無垢さ故に男にとってはかなりイライラするキャラクターでもあり、父性をくすぐられるキャラクターでもあります。
ジャック・タチはこのアリスに娘を重ねたことは間違いありません、作中アリスはタチシェフを本物の魔法使いだと信じ込み、自分の欲しいものを都合よくタチシェフにねだっては買ってもらい、どんどん純朴さを無くしていきます。
ジャック・タチは自らの活動によって巨万の富を労せず得た娘の行く末を案じたのでしょう、魔法によってではなく人知れず苦労して得たお金の尊さ、そしていつかは自分が亡くなりいなくなってしまった後に芽生えるのでは遅い自立の心、それを伝えたかったのかもしれません。
ラストシーンで印象的な描かれ方をしていたのは”菜の花”、花言葉は明るさ・小さな幸せ。
辛辣なラストメッセージに添えられていたのは、アリスというキャラクターを通して最愛の娘に伝えたかった優しいメッセージなのでした。
時代遅れの奇術師
作中、タチシェフ含め奇術師や大道芸人たちは時代遅れの遺物として描かれ、それぞれ違う道で生きて行く様子やホームレスとして落ちぶれていく様が描かれていきます。ここからジャック・タチがコメディ俳優という職業の将来をどう考えていたのかを読み取ることが出来ます。
娯楽が少なかった時代、奇術や大道芸は娯楽の華でありました。しかしテレビジョンやラジオ、現在で言えばインターネットが普及し、どんどん娯楽の幅が広がっていけば自分たちの栄華は脆くも崩れ去るということを考えていたのでしょう。しかし、コメディ俳優はいくつものアップデートを経ることで現代でもその存在は輝きを増しています。
古くはロボットの台頭、そして現代ではAIの台頭で職を奪われる人たちが多くなるという事を危惧する評論家や専門家の記事を読むことが多くなりました。
確かにジャック・タチのように悲観的に物事を捉え、来る厳しい将来に備えることは大切ですし、そのために新たな道へ進むことは悪くないと思います。
しかし、様々な娯楽が増えた現在でもコメディ俳優が脚光を浴びる存在であることを考えれば、機械やAIに取って代わられる職業とされる分野でも”血の通った人間にしかできない”部分は決してなくなることはないと思うし、無くなってほしくはないと思うのです。
総評
親に頼りっきりの”子供部屋おじさん”としてはめちゃくちゃ刺さりまくるメッセージ性のある作品で、終盤のメッセージは胸が苦しくなります。しかし、絶対に避けては通れない道でもあるわけで、映画を通して現実を垣間見せられた気分になりました。
ほとんど会話が無いので字幕が苦手だという方にも楽しめるアニメーションです。
ユーモラスなのにどこか切ない、そんな世界観の今作は雨の日や日曜の夕方に見るのにぴったりですよ!
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